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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)3077号 判決 1964年6月29日

原告

武智亀吉

右訴訟代理人

狩野一朗

被告

中谷厳

右訴訟代理人

田畑政男

主文

被告は原告に対し三四、八一四円とこれに対する昭和三七年八月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二〇分し、その一九を原告、その一を被告の各負担とする。

事実

一、当事者双方の申立

一、原告

被告は原告に対し六三〇、八〇三円とこれに対する昭和三七年八月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

なお、担保を条件とする仮執行の宣言を求める。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求原因

一、原告は、昭和二四年七月二八日訴外中村政喜(以下、単に訴外人という)に対し、宝塚市切畑字長尾山二、四〇〇番地所在木造瓦茸平家建居宅一棟建坪三八坪五合を賃料月額三、〇〇〇円、毎月末持参払と定めて賃貸したが、同日被告は原告に対し訴外人の賃貸借から生ずる債務を連帯保証した。

二、その後原告と訴外人間で賃料増額に関し粉争を生じたが、確定判決(大阪高等裁判所昭和三三年(ネ)第一二一号)により賃料の増額改訂が認められ、昭和二八年二月一日から昭和三一年六月三〇日まで月額三、三三五円、同年七月一日から昭和三四年一〇四二八日まで月額一六、七三四円とされた。

三、そこで昭和二八年二月一日から昭和三四年一〇月二八日までの賃料合計は計算すると八〇四、四八一円となるところ、原告は右賃料の支払を命ずる右確定判決にもとづいて訴外人の電話加入権、動産に対し強制執行をし、合計六、六〇六円の執行費用を支弁して合計一八〇、二八四円の売得金の分配を受けたので、その差額一七三、六七八円を右賃料債務の一部の弁済に充当する。

四、よつて、原告は被告に対し連帯保証契約にもとづき、昭和二八年二月一日から昭和三四年一〇月二八日までの間の賃料残額六三〇、八〇三円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和三七年八月一八日から支払ずめまで民事法定率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁

一、請求原因事実一、二は認める。

二、抗弁

(一)  訴外人は、昭和二八年二月分賃料を原告に支払ずみであり、同年三月分ないし七月分賃料を原告の受領拒絶により原告のため供託し、その債務を免れた。

(二)  次の1または2の賃貸借解除により、その後の賃料債権は発生していない。

1  昭和二八年一一月一〇日原告は訴外人を相手方とし宝塚簡易裁判所に賃貸家屋明渡の調停を申し立てたので、同日賃貸借は解除された。

2  仮りに右契約解除が認められないとしても、昭和二九年六月三日賃貸借は解除された。すなわち、原告は、さきに休止満了により取下とみなされ終了した本訴と請求内容を同じくする訴訟(当庁昭和三四年第(ワ)一、一二七号保証債務履行請求事件)において、賃貸借は昭和二九年六月三日限り解除されたと主張し、また、原告から訴外人に対する家屋明渡等請求訴訟(神戸地方裁判所伊丹支部昭和二九年(ワ)第六五号、大阪高等裁判所昭和三三年(ネ)第一二一号)においても同様の主張をしていたから、本訴においてこれと異なる主張をすることは禁反言の法理に照らして許されないばかりでなく、賃貸借が昭和二九年六月三日限り解除されたことについて、法律上擬制自白の効果があると信ずるからである。

(三)  仮りに右賃貸借の解除が認められないとしても、昭和三一年一二月一一日保証契約は解除されたから、同日限り被告の保証責任は免脱された。

すなわち、訴外人は、昭和二五年七月から原告の要求により月額四、〇〇〇円の賃料を支払つて来たが、昭和二七年一二月原告がこれを一躍一〇、〇〇〇円に増額することの承諾を求め、訴外人がこれに応じなかつたが、結局六、五〇〇円とする合意が成立した。そこで訴外人が原告に昭和二八年一、二月分として、六、五〇〇円の割合による賃料を支払つたところ、原告はこれを昭和二七年一二月分、昭和二八年一月分賃料であると争つた。しかし原告もこれを昭和二八年一、二月分賃料であると認めざるを得なくなつたが、今度は昭和二七年一二月分賃料差額として二、五〇〇円を訴外人に要求したので、訴外人は既往に遡つてまで公定賃料三、三三五円を超える賃料を支払う必要はないとして右要求を拒み、さきに成立した合意を破棄し、昭和二八年三月分から同年七月分まで旧賃料月額四、〇〇〇円によつて供託した。ところが原告は常軌を逸して供託が侮辱的行為であると抗議したので、訴外人はその後供託を続けることをやめた。次いで原告は同年一月一〇日宝塚簡易裁判所に前記調停を申し立て、同調停は不調に終つたが、昭和二九年五月二七日付書留内容証明郵便をもつて訴外人に対し、公定賃料の五倍強相当の月額一六、七三四円の支払を求めてきた。そして訴外人がこれを拒むや前記家屋明渡等請求訴訟を提起したものである。ところで、被告は、原告と訴外人の紛争を知つたので、昭和三一年一二月一一日原告に対し、保証契約のとき予見することができなかつた事情となつたことを事由に、保証契約を解除するとの意思表示を発したから、同日保証契約は解除された。

(四)  右のように原告が地代家賃統制令を無視した一方的に理不尽な賃料増額請求をしたことが、原告と訴外人間の紛争の原因で、このように一切の紛争の原因、弁済供託の中止の原因、弁済供託の中止の原因を故意につくりながら、たまたま被告が保証人であるからといつて本訴請求をするのは信義則に反し許されない。

(五)  仮りに右主張が容れられないとしても、家屋賃貸借という継続的法律関係の保証は身元保証と酷似するから、身元保証に関する法律を類推適用して、被告の保証責任の有無、範囲等を定めるべきであると信ずる。

(六)  訴外人は賃貸借締約のとき、原告に対し家屋減価償却費の負担、家屋外廻り修理費用の名目により、二三〇、〇〇〇円を交付しているが、当時は地代家賃統制令の適用があり、家屋賃貸人に対し賃料以外の金員の受領を禁止していた。従つて右金員は訴外人において返還請求権を有する。よつて被告は訴外人の連帯保証人として右返還請求債権二三〇、〇〇〇円をもつて本訴請求にかかる債権と対当額で相殺する。

第四、右の被告の抗弁に対する原告の答弁

被告の抗弁事実中、(一)の事実、(二)のうち被告主張の当庁昭和三四年第一、一二七号事件が休止満了により終了した事実、(六)のうち原告が賃貸借締約のとき訴外人から二三〇、〇〇〇を受領した事実は認め、(二)の各賃貸借解除に関する事実は否認する。右二三〇、〇〇〇円は賃貸借にともなう保証金または権利金として受領したのではなく、賃貸家屋の排水工事、井戸水揚工事、庭池作替、浴場設備浴槽新設等模様替ならびに明渡のときの原状回復の費用として受領した。もし、実費より上回るとしても、訴外人は返還請求権を放棄した。

第五、証拠≪省略≫

理由

一、原告が訴外人に対し昭和二四年七月二八日原告主張の家屋を賃料月額三、〇〇〇円毎月末持参払と定めて賃貸したこと、同日被告が原告に対して訴外人の賃貸借から生ずる債務の連帯保証をしたこと、原告主張の確定判決により、賃料について昭和二八年二月一日から昭和三一年六月三〇日まで月額三、三三五円、同年七月一日から昭和三四年一〇月二八日まで月額一六、七三四円と増額改訂が認められたことは当事者間に争いがない。

二、抗弁について。

被告が抗弁(一)として主張する事実は原告の認めるところであるから、原告主張の賃料債権中、昭和二八年二月分は弁済により、同年三月分ないし七月分は供託により消減したと認められる。

三、抗弁(二)の1について。

<証拠>によれば、昭和二八年中に原告が訴外人を相手方として宝塚簡易裁判所に家屋明渡の調停を申し立てたことが明らかであるが、右調停申立のときに賃貸借が解除されたと認め得る証拠は何もないから、同抗弁は採用できない。

四、抗弁(二)の2について。

さきに本訴と請求内容を同じくする当庁昭和三四年(ワ)第一、一二七号保証債務履行請求事件が休止満了により取下とみなされ終了したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の一によれば、原告と訴外人間の家屋明渡請求訴訟(大阪高等裁判所昭和三三年(ネ)第一二一号事件)において、原告は賃貸借が昭和二九年六月三日解除されたと主張していたことは明らかである。そして、右保証債務履行請求訴訟において、原告が右同様の主張をしていたにしても、これら二個の訴訟における原告の右主張の存在により、直ちに原告が本訴において右主張と異なつた前提に立つ主張をすることが禁反言の法理により許されないとすることはできないし(なお民訴二三七条一項参照)、また、擬制自白とは当該訴訟の口頭弁論における当事者の陳述その他態度等から相手方主張を自白したとみなす態度であつて、別事件の口頭弁論における当事者の陳述等には影響されるものではないから、この点に関する被告の見解は失当である。

そして、証拠上も右昭和二九年六月三日賃貸借が解除されたことを認めるに足る資料はない。従つて同抗弁は採用できない。

五、抗弁(三)について。

<証拠>によると、被告が昭和三一年一二月一一日書留内容証明郵便をもつて原告に対し、保証契約をしたとき予見できなかつた事情の変更があることを事由として、保証契約を解除するとの意思表示を発したことが認められ、右事実から同意思表示は遅くとも同月五日までに原告に到達したと推認される。

そこで右意思表示の当時被告が事情の変更による保証契約解除権を有していたかどうかを考えるに、<証拠>を総合すると、訴外人は原告に対し賃貸借当初一年間は月額三、〇〇〇円、昭和二五年七月から、月額四、〇〇〇円の賃料を誠実に支払つて来たこと、昭和二七年一二月原告と訴外人は月額六、五〇〇とする合意をしたが、間もなく、紡争となり、訴外人は弁護士訴外田畑政男を代理人として昭和二八年三月分から同年七月分までの賃料を右合意前の月額四、〇〇〇円をもつて供託したところ、原告が同年九月一四日頃田畑弁護士に対し、供託は侮辱的行為であると記載した抗議の信書を送つたため、訴外人はその後の賃料について供託を続けることをやめたこと、その後同年中に原告が訴外人を相手方として宝塚簡易裁判所に家屋明渡調停を申し立て、昭和二九年一月調停手続が開始されたが、間もなく同調停は不成立に終つた、そこで原告は弁護士訴外狩野一朗を代理人として同年五月二七日書留内容証明郵便をもつて訴外人に対し、昭和二八年二月一日から昭和二九年五月三一日までの賃料を前記月額六、五〇〇円により郵便到達後三日以内に支払うこと、右支払のないときは賃貸借を解除するとの意思表示をなし、あわせて、同年六月一日から賃料を月額一六、七三四円に増額するとの意思表示をなし、右各意思表示は同年五月三一日訴外人に到達したこと、しかるに訴外人から右賃料の支払がなかつたので、原告は同年中に訴外人を相手どり神戸地方裁判所伊丹支部に家屋明渡等請求訴訟を提起し係争が続いたこと、そして原告は賃料債務にもとづいて訴外人に対し保全執行をしたが充分でないため、次いで被告に対しても電話加入権、ピアノの仮差押を執行するに至つたこと、なお本件賃貸家屋に対しては昭和三一年六月三〇日まで地代家賃統制令の適用があり、その適正賃料月額は、昭和二八年二月一日から昭和二九年三月三一日まで、三、三三五円、同年四月一日から昭和三〇年三月三一日まで三、六六九円、同年四月一日から昭和三一年六月三〇日まで三、七八二円であつたが、昭和三一年七月一日地代家賃統制令の適用がなくなつたので一六、七三四円とされたものであることが認められ、以上の認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば、当時は、本件賃貸借に期間の定めのないところ保証契約のときから既に七年四ケ月余を経過し、昭和二八年八月分賃料以降四〇ケ月分の賃料の供託がないまま賃貸人と賃借人の紛争ないし争訟が続きもはや早期にその解決をみる見込もなく、延滞賃料はますます膨大する一方で、賃借人たる訴外人の財産に対する保全執行だけでは確保されず、保証人たる被告に対しても電話、ピアノの仮差押がなされていたのであつて、このような事情は保証契約の当初被告の到底予見できなかつた事情ということができるから、右事情の変更により被告において解除権を生じたと解するのが相当である。

以上の次第であるので、抗弁は、保証契約解除の日をその意思表示を発した昭和三一年一二月一一日であるとする点は失当であるけれども、右意思表示の到達した前記同月一五日についてみれば理由があるから、同日限り保証契約は解除されたと認められる。

六、抗弁について。

叙上事実のとおり原告と訴外人は昭和二七年一二月地代家賃統制令の定める適正賃料を超える賃料額を合意し、それまでも地代家賃統制令の定める賃料を超える賃料を授受して来たもので、右両名とも本件賃貸借に地代家賃統制令の適用あることに気付いていなかつたことが窺われるのであつて、昭和二九年五月に原告が弁護士に依頼して当時の適正賃料のおよそ四倍半の賃料に増額する意思表示をしたのも無理からぬ点があり、また、原告の抗議によつて訴外人が供託を中止したといつても右抗議は訴外人の代理人をする弁護士に対してなされたもので訴外人側として右抗議の法律上無意義であることを知つていたはずであつて、原告と訴外人間の紡争の原因、供託の中止の原因等がすべて原告の一方的な理不尽な態度によるとは断じ難く、未だ保証人たる被告に対する本訴請求を目して信義則違反ないし権利の濫用に該当するとなすべき事実は存しないから、抗弁(四)は採用しない。

七、抗告(五)について。

賃貸借から生ずる賃借人の債務の保証について、身元保証に関する法律五条を類推適用することはできないと解せられるから、同抗弁は採用できない。

八、原告の被告に対する債権額。

前記弁済ならび供託により昭和二八年七月三一日までの賃料債権は消減しているので、同年八月一日から保証契約の存続した昭和三一年一二月一五日までの原告の訴外人に対する賃料債権額を計算すると別紙計算書のとおり二〇八、四九二円となる。原告は強制執行により訴外人から一七三、六七八円の弁済を受けたのであるが、右弁済についていずれの時期の賃料債務に充当するのかその指定をしないので、民法四八九条三号により弁済期の先に到来した賃料債務から充当されるから、結局右保証契約の存続した期間の賃料債務に充当される結果、同期間中の資料残債権は差引三四、八一四円となる。

従つて、原告は連帯保証人たる被告に右債権三四、八一四円を有する。

九、抗弁(六)(相殺の抗弁)について。

賃貸借締約にあたり原告が訴外人から賃貸家屋模様替等費用として二三〇、〇〇〇円の交付を受けたことは原告の自認するところであり、当時本件賃貸借につき地代家賃統制令の適用があつたことは前記のとおりである。そして、地代家賃統制令第一二条の二によれば、「貸主は、如何なる名儀があつても、借主から借地権利金又は借家権利金を受領することはできない。」と定められているのであるが、<証拠>を綜合すると、右金員の授受に際し、その領収書に賃貸家屋の減価償却費、家屋外回りの修理費の一部に充当するためと明記していること、原告が山から水が滲むので堀を作り、井戸に水汲み滑車を設け、風呂場設備等の工事をしたことが認められるところ、右にいう減価償却費は本来賃借人の賃料以外に負担すべき性質のものでないこと、また、昭和二四年当時右程度の工事をするのに要すると考えられる費用の額から考えてみると、右二三〇、〇〇〇円は地代家賃統制令第一二条の二が受領を禁止する借家権利金と解せられる。そして地代家賃統制令に違反する借家権利金は民法七〇八条本文にいう不法原因給付に該当するけれども、同条但書の定める不法の原因が受益者についてのみ存したときであることは被告の何も立証しないところである。従つて、訴外人において、その返還請求権があると認めるに由なく、同抗弁は採用できない。

一〇、よつて、原告の本訴請求中、前記三四、八一四円とこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三七年八月一八日から支払ずみまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、なお仮執行の宣言はその必要がないから、これをしないこととし、民訴九二条を適用して、主文のとおり判決する。(平田孝)

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